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藍に導かれて

 企画展が開かれているのは青森市沖館の「あおもり北のまほろば歴史館」(https://kitanomahoroba.jp)。JR青森駅からは車で10分ほどの海沿いにあります。

 この施設はかつて「みちのく北方漁船博物館」と称し、青森と周辺世界の漁船を多数展示していましたが、2014年に閉館。青森地域の歴史や民俗を紹介する公共施設へと生まれ変わり、古作こぎんを常設展示する数少ない場所となっています。

 「藍をまとう 美しさと生活の知恵」と題した企画展は先月にスタートし、来年3月12日(日)までの会期です。

歴史館では初展示となる「つづれ刺し着物」も多数展示。つづれ刺し着物は、こぎんが衰退した後の大正初期~昭和初期に作られたそうです
歴史館では初展示となる「つづれ刺し着物」も多数展示。つづれ刺し着物は、こぎんが衰退した後の大正初期~昭和初期に作られたそうです

 会場には織り方によって呼ばれ方も異なるいくつかの裂織(青森では「サグリ」と言います)が紹介されています。

  サグリは明治から大正時代にかけて、主に津軽半島や下北半島の沿岸部で使われました。風や水に強く、保湿性に優れていたため、漁師の仕事着だったそうです。

サグリ
サグリ

 サグリの材料となった綿布は「サギ」と呼ばれた細切れの布きれ。上方で着古されたもので、稲わら製の俵(たわら)に入って北前船で青森へ運ばれました。

 綿花が育たない青森にとって、綿の柔らかな肌触り、温かさは憧れてやまないもの。どんなに細かく、擦り切れていても手に入れたいものであり、使い方をとことん考え、生かしきろうとしました。

 そうして生み出された技を、展示品に見ることができます。

 わずかに入手できた木綿布は、ハサミでさらに3ミリほどに細く切って緯糸とし、経糸には麻などを使って織物にしました。それがサグリです。

 さらに企画展のテーマである「藍」にも、技がみてとれます。

 キナリの麻糸を使う場合、キナリが出る表面積を少なくする織り方をしているとの説明文がありました。白っぽさを極力抑える工夫なんだそうです。そのようにして織り上がったサグリは、藍色の微妙な濃淡が入り混じったグラデーションとなり、なんとも言えない味わい深さがあります。

 模様に目が奪われがちなこぎんや菱刺しほどのインパクトはなくて、ちょっと地味な感じのするサグリですが、上方の不用品からこんなにも重厚な着物を生みだした昔の青森の女性たちに、教わることがたくさんありそうです。

 地元住民にはサグリやこぎんに「貧しさ」をみる人もかつてはいましたが、100年の歳月を経て、見つめ直し、価値を認められる時代になったのではないかと思います。

 企画展の案内をしてくださった三上洋子さんは、歴史館の開館時から解説員として活躍されています。

 三上さんは旧稽古館で、館長だった故田中忠三郎さんと一緒に仕事をされた女性です。

 お名前だけは一方的に存じ上げていた私は、今回初めてお会いすることができ、感無量。こぎんの取材活動をしていると、こうした機会に恵まれることが多々あります。藍の古着に導かれるようにして、面識を得ることができました。

 三上さん、快く撮影に応じてくださいました。

 「手に入るものを使って、寒い北国で生きていくという昔の人の意気込み、熱量は相当なものですよ」と、三上さんはサグリやこぎんに目を細めながら言います。「布を何世代にもわたって使い続けた先人は、布を使うたびにご先祖や家族を思い、結び付きを強く感じながら生きていたのだと思います」とも。

 その言葉の端々に、『物には心がある。』という書籍を遺した田中忠三郎さんと重なるものを感じました。そのように率直にお伝えすると、三上さんは「田中先生は、人間の根幹を言っていましたねえ」と懐かしそうに話していました。

 旧稽古館の所蔵品だったものが現在はこの歴史館で多くの人の目に触れ、その傍らに三上さんがいることの幸運を思いました。これからも素晴らしい企画展を期待しています!

 

◇◇◇◇

 取材で訪問した日は、企画展関連事業のワークショップが開かれていました。

海を臨むロケーションでワークショップ。ガラス窓に貼ったモドコの絵が歴史館の目印にもなっています
海を臨むロケーションでワークショップ。ガラス窓に貼ったモドコの絵が歴史館の目印にもなっています

 講師の工藤夕子さん(以下、呼び慣れた「三つ豆さん」と書きます)は昨年暮れ、青森県の伝統工芸品製造所として指定を受けたことでも話題となりました(三つ豆さんの活動については『そらとぶこぎん』第3号でご紹介しましたので、あわせてお読みください)。

 

 企画展にちなんで「まとうものに刺す」という内容は、ワークショップとしては珍しいテーマです。市販の「抜きキャンパス」などを使って、参加者が持参したシャツやネックウォーマー、リュックサックなどにモドコをあしらっていました。

 既製品にこぎん刺しをする場合、針や糸の太さなどを選ぶ必要があるようです。そのため、こぎん刺しの経験がある人向けかなと思いました。

 ワークショップには、来年80歳になるという男性も。こぎん刺しは好きだけれども、自分で刺したことがないので参加してみたそうです。人生100年時代、年齢に関係なく興味を持ってチャレンジする姿を見て、私もこうありたい!と励まされました。

三つ豆さんの手を借りながら、こぎん刺しに挑戦する男性
三つ豆さんの手を借りながら、こぎん刺しに挑戦する男性

 いつもおしゃれなこぎん刺しを提案し、ファンが少なくない三つ豆さん。この日もさりげなく装っていましたが、目ざとく見つけました! 

 ジュートバッグに結んだこぎん刺しのリボン。小幅のリボンは東京の手芸店で購入したもので、こぎんは3種類の模様を自分で刺したそう。薄い藍色のさわやかさと、こぎん刺しのさりげなくも可愛らしい取り入れ方に、三つ豆さんの人柄がにじみ出ているのです。

 そんな三つ豆さんはJR五能線の復興を祈願した、こぎん刺し共同作品を監修し製作中だと教えてくれました。

 三つ豆さんの活動拠点である五所川原市を通る五能線は、今年8月の大雨被害で鉄橋などが損壊し、一部区間の復旧が遅れています。一日も早い全面復旧の祈りを込めて、たくさんの人の手でこぎん刺し作品をつくり、届けたいとのこと。今年12月11、12日に弘前駅構内で予定している展示販売会での完成を目指しているそうで、協力を呼び掛けています。

製作を進めている五能線復興祈願の作品を手にする三つ豆さん。沿線の観光資源である「夕陽」をイメージしたいそうです
製作を進めている五能線復興祈願の作品を手にする三つ豆さん。沿線の観光資源である「夕陽」をイメージしたいそうです

 以上、鈴木が取材しました。

 青森はもうすぐ雪の季節、それはこぎん刺しの季節の到来も意味します。12月もこぎん刺しのイベントが目白押しですが、新型コロナ感染者数の増加が心配される状況になりつつあります。皆さまにはお体に気を付けてお過ごしください。